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和文日記2026

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☆ 0609 ドーナツ化と陸の孤島 今日は震災後初めて双葉町や浪江町に行った。おどろくほど建物や風景がなくなっていて、もはや何もなかった。双葉町には道路が新しく1本つくられたのみであり、浪江町にはすき家があり中華料理屋が一軒だけあった。 その後、浪江町の苅宿のライスセンターへ行き、ハウス群や田んぼなどを見学し、帰った。このことで特徴的なことは、親と行ったことだ。お目当ての田んぼは見つけられなかったが。まあちょっとした旅行みたいなものだったかもしれない。滅多にないことだと言える。 ただ、ろっこくの形をわたしは覚えていた。ああ、ここは坂になってたっけ、ここは狭くて、ここの会社に父は1年間勤めたこともあったなどと思い出していた。双葉町にはわたしの通った高校もあり、浪江町はよく遊びにも行ったものだった。 いまは、大熊もそうだが、ほとんどだれも帰ってない。あれほど帰ろうと言っていた人々は消えていなくなった。そして、あれほど帰れないと思っていたわたしが家を再建している。ことは一筋縄ではいかず、不思議なものだ。 大熊では昔からふつうのことだが転勤族の人々や、または、昔から地元だけれど解除後そこへ通勤で通っている人々が、今はほとんどなのである。いわば地元の次世代はみなどこかへ行ってしまい、むかしの地元の人々はみな家を取り壊している。 あの人々の子孫はいずこと思ってもまず間違いなく、だれも居ない。新しく来てくれた人々が大勢地元に根付いてるように見えるがいつも同じ人々がメディアに出るくらい数えるほどしか居ないのである。 または、実はもう居なくなっていたりもするのだが、そういうことはむろん主だった報道の対象とはなり得ない。もしどこかで人が多く居るように見えても、今もまだ通勤のため遠くから通っているのである。そんな日々が長いこと続いている。もどかしい人々も多くいるに違いない。アイデンティティーに関することだから。 わたしのように2拠点とかですらなく、ほとんどの人々にとって大熊は極稀にさえ来ないむかしの、それも記憶の中にしか無いふるさとであり、または、昼間の通勤先であり、ほとんどの人々はその、それぞれどこか遠くにある一拠点がみずからの大事な家なのである。避難の長期化によるあれこれなど、仕方がない理由がたくさんある。 だから地元はしばしば空っぽのドーナツ化現象が起きる。これは『原発事故避難区域...