和文日記2026
☆ 1001 多くのエックスやめた人々がエックスは戦場のようになってしまってスマホで見るには辛いと言っている。おそらく数%の投稿が相当変容した。なにかに強くネガティブなほうへ影響されたことのない又は影響されやすい性質なのに違いない。 アルゴリズムで自己への批判的ポストが必ず表示されるから、一部の意識は、よく言えば論争好き、悪く言えばあたかも幻聴空耳に一人で戦う被害妄想エアリプ合戦に参加して闘争状態になってしまったのかもしれない。そしてそれらケンカを眺めるのが好きな野次馬タイプの意識。 あたかも311後の争いを別の内容に入れ換えて、人工知能により人工ゲンカをさせられている。前者はみんながみんなそれぞれのために行われた闘技場だったかもしれないが、後者はKPIという広告成果のために注意を集め表示回数をあげる際限がない闘鶏場に近いかもしれない。 これで民主主義は良い方向なのだろうか。わからないが、相当に西欧的議論状態ではある。少なくともトマス・ホッブズの万人の万人に対する闘争が始まって一部の意識は狼と化し闘い、一部の意識は羊と化し去った。 つまりそれが苦手なひとはエックス提供のおすすめフィードは見ず、パソコンでフォローフィードのみ見るなどが対策としてありえるのだろう。 わたしはもうエックス自体をふだん見ないのが当たり前になるまでやめてるつもり。いまはアカウント削除後の維持のためだけに次のログインスケジュールだけ入れてある。 それすら悩みだしているのだが。理想はアカ残しだろうか。どちらでも良いなら辞めるのがミニマリストだが、この壁外エリアの戦場には、興味深い人々もいるから、やめるまでは悩む。それと、このブログも最新を公開し続けるのかも考えもの。 10月1日。今年も残り3ヶ月だ。今年の勉強はとても順調だが自分の成長率にはまだまだ悔しい思いが残る。一般的な英語学習者の50倍以上を勉強しても全然足りないと感じるのだから、一般的な英語学習とはいったい何なのかと思わなくもない。いや、わたしは学習塾の界隈にいたから知っている。知っていて書かない。教育論は具体的な現場に長くいたわたしにとって抽象的にすぎ、どうしたって泥沼だからだ。 なぜ、一日は24時間しかないのだろう。 鈴虫が素晴らしい。 ふと、呼び鈴が鳴らされる。相手の急な都合で営業の人々とお話させられるのが今の常識とは思えないのでセー...